N01   この物語はフィクションで 学校名 個人名 団体名は全て架空のものです
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古富剛(ふるとみ ごう)は体育館に入ると 自分の目を疑った。
(真由子がいる。確かに真由子だ。)
 ここは大阪 北摂にある千里中央小学校の体育館。剛は4月にこの学校に転勤になった。6月のある日曜日、この日は体育館で何校かが集まり小学生のミニバスケットボールの練習試合が行われていて、千里中央小のミニバスケットボールチームを応援するためにやってきたのだ。
 真由子というのは剛が20数年前に、緑北小学校でバスケットボールを指導していた時の子で宮西真由子、旧姓を中崎真由子という。
 剛自身はバスケットボールプレーヤーの経験はない。しかしその頃、学校教育として近くの小学校との対外試合もあったので先生の誰かが放課後、子どもを指導して試合の準備をしなければ体育の授業だけでは時間が足りなかった。前の指導者が転勤になったので古富剛は頼まれたのである。剛はプレーヤーとして経験はなかったが前任校での指導経験もあったので引き受けた。最初は半分仕方なしにやっていたが次第に面白くなり、のめり込んでいったのだった。
 宮西真由子が大人になって結婚してもバスケットと関わっているというのは年賀状で知っていたが、実際に会うのは真由子が高校生の試合の時以来だから20年ぶりになる。
 大人になってから小学生の頃の教え子に会った時、たいていは顔や雰囲気が変わってしまっていて名前を名乗ってもらわないと誰だか分からない子が多いが真由子のようにほとんど昔の面影のままの子も たまにいる。
試合が終わって 体育館を出ようとしている真由子に剛は声をかけた。
「宮西さん。」
「あっ、先生。久しぶりです。なんでここにいはるんですか?」
「実は、4月からこの学校に転勤になったんだ。」
「へー そうだったんですね。私この体育館に来るの小学校の時以来なんで 来たときムッチャ フラッシュバックしましたよ」

 それは、剛も同じだった。確かもう24年前になる。
 そのころ、ちょうど 高校のバスケットボール部を舞台にした「スラムダンク」という漫画がとても人気がありその影響もあってか多くの子どもたちが「もっと試合がしたい。もっと遠くの学校とも試合がしたい。」と言い出していた。
 ということで、半分以上の学校で中学や高校のクラブ活動のように小学校の先生がミニバスケットボールの指導や試合の引率などをしていた。しかし中学校や高校の顧問じゃないんだし、ようやく月2回に増えた休みの土曜日や、ましてや日曜日までスポーツの指導や試合をしようという小学校の先生は多くはなかったので、その先生が転勤になるとチームがなくなるという悲劇があったり、転勤してもチームが存続していて指導者がいなければ、その指導のために勤務時間後に前任校に行ったりなんてことも珍しくなかった。
 古富剛は、週に何日も前任校に出かけていくだけの気力はなかったので転勤の可能性が大きくなったその学校で9年目の時に社会体育のミニバスのメンバーは前から続けている6年生のみでやることにして、新しい募集はしなかった。4年生の時からやってきた6年生の子どもたちはチームも一段とまとまって期待以上に強くなり 夏の大阪の大会で優勝したり西日本大会に出場するために広島にいったりして最後の年にふさわしい「有終の美」を飾ることができた。3月に卒業生を送り出した後、剛は満足していた。
(さあ 次の学校でもミニバス[ミニバスケットボール]に関われたらいいなあ。)
こう思ったのだった。

ところが4月。剛に転勤異動はなく、4年生の担任となった。


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