N13  この物語はフィクションで 学校名 個人名 団体名は全て架空のものです。
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 ベスト4確定。夢のようだった。
努力しても報われないことも多いが、今回は報われた。
子どもたちに
「素晴らしい。これでベストフォーだ。今まで努力してきたことが報われた。これで今日はケガで出られない谷村も兵庫県で行われる近畿大会でプレーできる。・・・。」

続きを言おうとしたとき、谷村が意外なことを言って話を遮った。

「先生、私のことは今言わなくてもいいです。そりゃうれしい気持ちでいっぱいだけど、今日は準決勝と決勝か3位決定戦。あと2試合残っています。準決勝で勝って 千里中央小と決勝で戦ってみたいです。私たちには目の前の試合に全力を出す。そして勝つか負けるか。それだけです。」
ほかの子どもも 頷いた。

すごい。完全に子どもの方が上だ。

「目の前の試合に全力でぶつかって勝っていくだけです。」
テレビのスポーツ中継の時、インタビューの時、何度 超一流選手からこのセリフを聞いただろうか?

 子どもなのに すでにその域に達している?いや4月に始めたばかりで しかも6年生のあの子たちにとっては試合一つ一つがにとって最初で最後だからこそ言えるセリフかもしれない。

超一流選手がそう言うのも経験が多いほどいろんなことを考えすぎるので無心になりたいということだろう。
 「初心、忘れるべからず。」そういうことか。

「そうだな。次の試合も強い相手だが全力でやるしかないぞ!」
「はい!」

 準決勝の相手は大阪の木ノ内小学校、昨年は今の中1の先輩が大差をかけて勝っているが当然メンバーが違う。向こうは昨年から続けてやっている子が半分以上いそうだ。こっちは全員初心者。まだやり始めて8か月だ。

 見るからに実力差があった。実際試合を始めて1クォータ目。
ベストメンバーで臨んだのに10対4で負けてしまっている。
うちのチームは1クォータ目にリードされて後で逆転して勝ったことはほとんどない。
(やっぱり、余計なことを言って子どもたちもちょっと気が抜けたかな。)
そう思った。
 
 しかし気が抜けていたのは剛自身の方だった。
2クォータ目はメンバーが落ちるので市民大会の時のようにゾーンにして引いて守った時もあったがリードされているのに引いていては始まらない。子どもたちも積極的に攻め守りたい。そう言った。
 もともとメンバー的に実力が落ちるといってもみんな同時に始めた子どもたちでそんなに運動能力に差があったわけではない。練習によく来ていて組みやすいメンバーをベストメンバーにしているのだ。ベストでない子も習い事などで来られない時にはシュート練習だけはして帰って努力をしてきたのだ。学校だけでなく家の近くでもドリブルの練習をよくしていた。
 
 良く練習したその証拠は前の芝上小学校との2クォータ目の時だ。9番には11点も入れられたが、うちが取った7点は全てフリースローの得点なのだ。4回のフリースローの8点のうちの7点。なんと成功率9割近くにもなり相手にじわじわプレッシャーを与え続けたのだ。

 フリースローは1回に1点しかもらえないがその時間はプレーが止まる。接戦の時みんなが見ている前でシュートを入れるのもプレッシャーだがそれを確実に決めていくと相手にものすごいプレッシャーがかけられるというのはバスケ試合経験者なら納得してもらえるだろう。

2クォータ目の頑張りがなければ前の試合で姿を消し準決勝にはあがれてはいない。
 
 この準決勝の2クォーター目ではフリースローだけでなくゾーンプレスからの速攻などでどんどん差を縮めていきなんと16対14。2点差まで追いついていた。

 慌てたのは向こうだ。

 先輩たちのおかげもあるな。剛はそう思った。
昨年のブロック大会で先輩たちが大差で負けているのを相手の子たちは見ているのだ。

子どもは、当然メンバーが違うのだが不思議とそういうことはミニバスケの世界でよくある。 
3クォータ目。マイボールのサイドからの攻撃。ボールをフリーでもらったさゆりがシュート。ついに同点にした。応援の子どもたちや保護者の歓声が響いた。

 この大会、本当に三井さゆりは大活躍だ。そう小柄で運動能力がそれほど高いということはないがチーム一の努力家だ。その努力はみんなにいい影響を与えてきた。シュートが決まらず悩んでいた時期もあったがこの大会では自信をもって ここぞ! という時に決めてくれるキープレーヤーとなった。

 応援の子たちや保護者の応援もずいぶん出ている子の励みになった。どんどん得点を重ねてゆき3クォータ終了時点で 
18対25。うちのリードが7点となった。
 
 後で聞いた話だが隣のコートで余裕の試合を進めていた
千里中央小の真島先生が思わず
「おい緑北小、決勝きよるで。」
と子どもに言ったそうである。

 しかしそう簡単にはいかなかった。向こうも実はベストは第1クォータに出ていた。自信を取り戻してさっきは活躍していなかった4番が、がんばりだした。終了間際には、うちのリードは2点になってしまった。
 しかし、ここで うちがフリースローをもらった。藤中由美がシューターだ。
(よし、藤中も フリースローをよく決めている。)
「由美、1本でいいぞ!」
1点取れば、相手に1ゴールされても1点差で勝てる。
 しかし その言葉は由美にプレッシャーを与えただけだった。1本も入れることができずに逆に終了5秒前に相手の4番に同点とされてしまった。

 ベンチに戻ってきた由美が泣きそうになっていた。

「藤中。負けたわけじゃない。今から延長戦だ。今の分を取り返してこい。」
励ましたつもりだった。

 延長戦の3分間が始まった点を取ったら取り返される。フリースローもあったがどちらのチームも緊張のせいか疲れのせいか、よくはずした。
 延長戦の終了まで30秒という時、同点の時点で藤中にフリースローのチャンスが回ってきた。
「由美、リラックス!」
しかし、根が真面目な由美は この状況でリラックスできるわけもなくまた、2本とも外してしまった。相手の逆襲を必死で食い止めようと由美は必死でもどりシュートを阻止した。

ピー
 痛い。フリースローだ。しかも5ファールで藤中由美は退場だ。
藤中は今まで練習試合や公式試合で退場したことがないのに・・・
相手のフリースロー1本目。ラッキーはずれた。しかし2本目は入れられてしまった。1点リードされてしまった。残り20秒。

「いいか20秒かけて一本でいいぞ。」

 その一本にかけようと思ったドリブルウィーブで手渡しパスを使ったりして時間を使った。残り10秒を切った。チャンスで飛び込んで位置をとれ!
「美香 ベストポジションに行け!」
一番背の高い平島美香がローポスト(ゴール下)に切り込みパスをもらいシュート。
決まった。
同時にブザーが鳴った。うちを応援してくれる人たちの大歓声。

 しかし、シュートの直前に終了のブザーが鳴っていたという
オフィシャルそして審判の判断。審判のノーゴールの合図。

 時間がとまった ように感じた。
それは一瞬だったはずだが剛にはしばらく続いたように思えた。 
こちらはただ、茫然としていた。剛は一瞬、別の世界にでもいるようだった。

 その後向こうの歓声が大きく聞こえたとき現実の世界に戻された。
子どもたちの多くが泣いていた。スコアをつけていた谷村絵里が手をつっている包帯で涙をぬぐっていた。ベンチを次の試合のために開けなくてはならない。
「さあ、ベンチ開けよう。」

しかし剛は泣いている子どもたちとは対照的に

(負けて悔しいという気持ちがないわけではないが勝っても次の千里中央小には絶対勝てないのだから、いい試合ができて良かった)
と変に満足してしまっていた。

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